2006年09月12日

タイ遠征記 〜一人の旅行者として、タイの魅力にハマッた!?

 さーて、ここからは堅い話を抜きで、初めて訪れたタイを自分なりにレポート。数年前、タイ航空の宣伝で石田一成が出演していたCMを覚えているだろうか? 自身の記憶も定かではないけど、確か「若いうちにタイへ行け!」みたいな宣伝文句だったと思う。あのCMを見て、当時無性にタイへ行きたくなったことを思い出す。 初めて旅したタイは想像どおり“本物のアジア“だった。ところで、最初に書かなければいけないのは、今回の対旅行はあくまでもバスケがメインで、殆ど観光地にも行っていないし、訪れた場所もパタヤのみという狭い範囲。だから、「Jが感じた、ほんの一握りのタイ」ってこと。

 まず、ジャパンマネーをかざす訳ではないけど、東南アジアの物価の安さには驚きを隠せない。これは、良いとか悪いとか別にして、同じ物を買うのにこれだけの価格差が在る事自体に経済の不思議を感じる。タイの通過はバーツだけど、TB1は約3円。良くJが比較するのに出すのがビールやコーラの値段。ちなみに500mペットのコーラが、日本では通常150円でしょう? マレーシアではRM1,8(約60円)で、タイに至ってはTB10(約30円)。ちなみに缶ビールは日本が220円。マレーシアRM6(約180円)のタイがTB20(約60円)。マレーシアのビールが意外と高いのは、国策でアルコールに高額の税金が掛かっているため。ということで、タイの物価は日本の4分の1か5分の1という感覚。


41-10.jpg
初日にコンビニで買った商品だけど、ビール12本とお菓子等を買ってもTB400(約1,200円)



 J達が宿泊したのは、障害者の職業訓練施設に併設された宿泊施設。マレーシアで言うところのPLPP、日本で言うところの国リハのようなところかな。しかし、この施設はNGOが運営する民間の職業訓練校で、施設内には訓練生の訓練棟、宿泊棟のほか、講師の居住棟、ホテルのように貸し出している宿泊棟が完備されている。しかも、マレーシアと違って活気がり、障害者の行動範囲も広く、自ら車を運転する人も少なくなかった。また、街中にあるためスーパーや商店街にも近く、車椅子で買い物もできるから近隣の施設もスロープが設置されている。何だか日本に近いと言うか、明るくて自由な感じが漂っている。タイの方が遅れていると認識していたのに、障害者を取り巻く環境は断然タイの方が進んでいるように感じた。


41-11.jpg
職業訓練施設の風景で、道路を挟んで両側に幾つもの建物(施設)がある



41-12.jpg
宿泊施設の部屋は広くて車椅子対応だし、普通のホテルと変らない快適さ



41-13.jpg
バスルームも広いし手摺があり使い易くなっている。ちなみにJ部屋のバスはシャワーのみだった



 大会会場となったのは、パタヤ郊外の近代的なインドア陸上競技場。設備的には素晴らしいのかも知れないけど、所詮陸上競技場と言うことで、車椅子バスケの会場としては厳しいものがあった。 例えば立体のトラックが設置されているので、トラックの内側にあるコートに行き来するのは、狭い仮設スロープと通路でいつも渋滞状態。最大の欠点はコートの床が体育館仕様になっておらず、人工芝を剥がされた床はコンクリートの打ちっぱなし。きれいな平面じゃないし、砂ぼこりが酷くて手もタイヤも真っ黒になる始末。屋外のコートでプレーしている感じだった。(苦笑) それでも、条件はみな同じということでプレーしたけど、国際大会というには少しお粗末だったかな。ただし、運営面では途上国にも関わらず組織化されていて、競技車両運搬用のトラックとバスケが一対で送迎をしてくれたし、毎回弁当ではあるものの食事の手配もしっかりしてた。 試合の予定もボチボチ時間どおり進行していたと思う。一つだけ不満だったのは、送迎バスの時間が遅れることで、毎回30分から1時間遅れでの移動となり、かなり早い時間から暑い外で待ちぼうけをくった。これには参ったよ。


41-14.jpg
競技車運搬用の二階建て仕様?トラックはとても重宝した



41-15.jpg
大会会場外観は近代的で素晴らしいのだけど、バスケの会場ではないよなー・・・・



41-16.jpg
会場室内での試合風景で、写真はタイ戦だと思います



そうそう、「独り言」でも書いたんだけど、この大会で先輩に再会した。この方は坂田さんと言って、Jが車椅子バスケを始めた当時に東京のチームでバリバリ活躍されていた方。元日本代表の経験もある大先輩。現在も東京のチームでコーチをし、日本のジュニア選手育成にも関わっている。今回は縁あってラオスで車椅子バスケの指導されたらしく、この時も教え子の活躍を見届けるためにタイに来て声援を送っていた。こんな場所で再会できるなんて思ってもみなかったから、とても驚いたし嬉しかった。ほかにもミスターレディーの話やビーチの話、タイの庶民生活についてなどなど、書きたい事や新たな発見もたくさんあるんだけど、書ききれないからアルバム形式に写真を掲載して一言コメントを入れたいと思う。



41-17.jpg
坂田さんと記念撮影(左が坂田さんで右の方はラオスでNGOの活動をしている岡山さん)


41-18.jpg
大会会場で見る事ができたタイの伝統舞踊だけど、こちらは本物の美女が大勢!


41-19.jpg
同会場で行われた車椅子フェンシングの試合も初めてのことで興味深々で見入った


41-20.jpg
ミスターレディーの華麗なるショーは素晴らしかった(タイではレディボーイと言うらしい)


41-21.jpg
この方が男性(レディボーイ)なんて信じられますか!?それにしても、Jの顔つきヤラしいよね?(笑)


41-22.jpg
フェアウェルパーティーで日本女子チームの面々と記念撮影



41-23.jpg
最終日の観光で行ったテーマパークにて、ミルクで誤魔化して?トラの赤ちゃんと記念撮影


41-24.jpg
同じく最終日に行ったパタヤビーチは砂浜の奥行きが狭く、車椅子で利用し易そうだった



 最後に、タイ旅行で一番の感動。上手く説明したり表現できないのだけど、タイに漂う“アジアの活気”と“神秘的な魅力”かな。実はこの部分が一番伝えたいことなんだけど難しい。たくさん写真も撮ったけど、写真で表現できる感じでもない。まっ、一言で言えば「タイに行こう!」かな(笑) 街はニセモノっぽいものが溢れ、貧しさを垣間見る場面も多々あった。薄汚れた街で空気が臭かったりもするし、多くの社会問題も抱えている国だけど、とても活気があってワクワクする国。きっと綺麗な女性が多いのも魅力のひとつ?(笑) 初めてのタイ旅行はとてもエキサイティングだったし、メチャクチャ大好きな国になった。きっと近い将来にプライベートで行くことになると思う。今度は遺跡巡りもしたいし、もっともっとタイの魅力を見つけてきたいと思う。まだ、タイに行かれ他ことがない人は是非どうぞ!



posted by J's Page at 00:00| J's体験記

マレーシア・マレーシア 〜マレーシアに思うこと、素直に書きます

<マレーシアの障害者スポーツ環境を簡単に紹介>

 タイ遠征についてのレポートにしようと思ったんだけど、初めて訪れたタイは話題が豊富で長くなりそうだから、今回は完全二部構成にしてみました。まず一部では、PLPP(国立の障害者職業訓練校)を中心とした障害者の環境を少し紹介した上で、タイ遠征までのことを書いた真剣&本業バスケ編。そして、二部ではバスケ以外の話しや、イチ旅行者として感じたことを率直にレポート。しかも、今回は二号同日更新というスペシャルバージョン!?(笑) まずは、本業編から読んでおくれ。


 以前から「独り言」等には書いている事なんだけど、マレーシアという国(隣国の途上国も似たり寄ったりらしいが)は、日本人には理解しがたい事がある。否定をする気は毛頭ないが・・。その代表は国民の気質かな。マレーシアで出合った殆どの日本人が口にする言葉、「勤勉さに欠ける」、「覚えが悪い」、「怠けグセがある」、」「寄付や援助に慣れ過ぎている」など。事実これらは誰でも感じること。(もちろん、全ての人がそうとは限らないことも付け加えたい) ただ、Jとしては“郷に入り手は郷に従え”って感じで、その環境(特徴)は受け止めたいと考えている。がっ、ナショナルチームの選手を預かる身としては少し違う。

 マレーシアでは特に福祉の分野が遅れている事もあり、障害者の就労や自立はまだまだの状況。これは、ちょうど20年前にJが悩んでいた人生の苦しみに似ている。そんな中で、バンギにあるPLPPは、少しでも希望を持っている障害者の駆け込み寺的な存在かな。しかし、現実には技術や知識を身につける職業訓練も、各教室を覗いてみると内容や充実度は薄いように思う。生徒達も前向きに訓練を受けているというより、義務感で教室に居るように見える。実際に就職率も低いらしいし、就職してもすぐに辞めてしまう(辞めさせられてしまう?)人も少なくないとか。残念ながら、この状況から夢や希望という言葉は、あまり見えてこない・・・。ちなみに、訓練所に入っている人の待遇は、全寮制で食費と住居費は一切掛からない。また、月に訓練手当てとしてRM150(約4,500円)がもらえる。現状では高価な自動車やバイクを持てるような人も少ないので、周囲に何も無い田舎町の施設では、四六時中ボーっとしている人が殆ど。この活気の無い状況の中に居るだけでも結構キツイ(苦)

 そんな中で、バスケットの選手達は少し違う。練習時間に遅れてくる選手も殆どおらず、集合時間前には準備をして各自でウォーミングアップを開始している。しかも、結構厳しい練習を与えても、“コーチが見ていれば”頑張る(笑) ただし、誰も見ていないと半数くらいの選手は、手抜きをしたり勝手な練習を始めてしまう。まあ、そこがこの国の特徴というか国民性と言うか。 例えば、時間があっても一人で自主練習に励むまでの選手は少ない。"勝ちたい!“とか”上手くなりたい!“という気持ちも、さほど伝わってこないの。日本人の勤勉さや意識の高さに比べれば差は歴然。(こちらも、全ての人ってことじゃなく総体的にね) だから、「マレーシアは途上国なんだよ」と言う人もいるが、確かに無関係ではない気がする。

 Jは前回の「体験記」でも書いたけど、バスケの指導以外に大きな課題を感じている。それは上記で書いたような“意識”問題。根底にあるのは国民性であろうがなかろうが、障害者であろうがなかろうが、是非彼らに変って欲しいと願っている。それは、障害者と言うお荷物(本心で書いてる訳じゃない)が、健常者と言われる人たちと同じように生きる道を勝ち得るために、まず彼ら自身が強い意思を持たなければ始まらないから。幸い、車椅子バスケの選手達は勢いがあるし、将来に対する夢や希望も持っている人が多い。また、ほかの人よりは海外に行ったりする機会も得ており、いわばリーダー的存在。そして、ナショナルチームの一員として国旗を背負う国の代表。そんな彼らに期待しないで誰に期待できると言うのか。 Jは自分自身の経験を踏まえ、彼らの可能性を感じずにはいられない。だからこそ、「やろうぜ!」って言いたいし、この国に戻ってきた。この国の障害者環境の一端は、彼らに掛かっていると言っても過言ではない。

 タイ遠征を前日に控えた晩、PLPPでは壮行会を兼ねたイベントがあった。この際、Jが驚いたことにお金が支給されたこと。日本でも国際大会などでは会社や友人から、”寸志“(厚志)という形で、お祝いをいただく事はある。しかし、今回はMSN(マレーシアのスポーツ協会)と言う行政機関。しかも、ひと月の訓練手当てがRM150というのに、一週間の国際大会に向けた準備資金はRM300と倍額。更に8月より代表選手には、毎月RM500の強化費が支給されることになった。また、仕事をしている代表選手は、フェスピックが終るまで仕事を休んで良いことになっており、その休業補償も全てMSNが補填してくれる。まだある、7月PLPP内に強化選手専用の食堂がオープンし、MSNより一日一人当りRM25の食費も出ており、選手は他の訓練生とは別扱いされている。しかも夜食付きだし、従来の食堂より格段に美味い!! と言うことで、PLPPにいる選手は訓練手当てを含めると、月にRM1,400程度の支給を受ける事になる。これって、場合によれば普通に働いている人よりも多い金額。もっと言えば、フェスピックで金メダルを取れば、車や家が買えるほどの賞金が出ると言う。マジかよ!?日本なんてそんなの何もないし、いつも自費で活動してたのに・・・。


40-1.jpg
タイ遠征前日のイベントで準備金の進呈式。各自サインをして現金を受け取っている



40-2.jpg
強化選手専用の食堂で、この時は夜食タイムでお茶をしている選手が多かった



 確かに、マレーシアに於ける障害者環境が整っていないから、このような厚遇支援が必要なのかも知れない。まあ、健常者の場合でも同様の厚遇支援はあるらしいが。それにしても、もっと有効なお金の使い方はないのか?と、政策自体の在り方を疑ってしまう。それでも、このことで選手がプロ意識を持ってくれれば納得したいが、「障害者だから・・」とか「それが選手の特権」くらいにしか思っていない事がムカツク。この国でこれだけの厚遇を受けられる立場を理解して欲しい。彼らが高い意識を持って成長すれば、必ず障害者に対する見方も変るだろうし、今の環境を変えることが出来るとも思う。彼らはそのチャンスを得ている訳だし、この国で先駆者になる可能性を秘めているのだから・・・。


<タイ遠征での経験を踏まえて思うこと>

 正直言えば、タイでの結果は想像していた通りだった。マレーシアは、中心選手達で構成したAチームと、新人や補欠選手+Jを含めたBチームのエントリー。その中でAチームに期待していた事は、JがプレーすることになったBチームの戦いぶりを見せ、彼らに何かを感じてもらうこと。例えば、声を出し続ける様。強い意思で試合に臨む様。選手個々の実力は劣っていても、リーダーシップを取る選手がチームをまとめれば結束出来ると言う事。更には、彼らに不足している諦めない気持ちを持たせる事。しかし、Jの期待はあっさり裏切られた(苦笑)

 タイの2軍的存在であるパタヤチームとの対戦で、期待と幻滅の両方を痛感した。実はBチームが対戦した時、Jはコート上で選手に指示を与えながらパスを回し、なるべく他の選手にシュートを打たせながら戦っていた。それでも、全員良く声が出ていたし、ミスっても上手く盛上げながら戦っていた。そんな試合中のハーフタイム、みんながJに質問してきた。「何でコーチはシュートを打たないの?」と。逆にJが質問した。「俺がたくさん得点して勝ったら嬉しいか?」と。ほぼ全員の選手が「YES!」と迷いもなく答えてきた。バカヤロウ・・・。Jは「お前らの試合だし、お前らが活躍して勝てよ!」って渇を入れた。その気持ちがBチームの選手には届いたのかな?彼らは後半で素晴らしい集中力と大活躍を見せ、結局終ってみれば3点差での敗退。もちろん、Jが最初から飛ばしていれば勝てた試合だけど、“意識”の部分では納得のいく内容だった。また、敗退はしたものの、とても大きな充実感を得たし、若手数選手の秘めた可能性を実感する事ができた。

 翌日Aチームが準決勝でパタヤチームと対戦した。彼らは「Bチームが3点差で負けたんだから、俺達なら勝てる!」と、気合は充分だった。パタヤに勝てば決勝に進める訳だし、Jの感覚でも実力的には互角かマレーシアAの方が上。しかし、結果はダブルスコアでの敗退。でも、最初からこの結果は見えていた気がする。タイは強いという呪縛から逃れられない選手は、最初からミスを連発して意気消沈ムード。しかも、普段練習していることは全て忘れ去られ、ただ試合しているというだけのお粗末な内容。何度かタイムを取って指示を出したけど、選手達は舞い上がっており聞く耳を持たない。Jはコーチとしてこの状況を変えるだけの技量はなかった。彼らは3位決定戦でもタイのチームに大敗し、少しだけ落ち込んでいるように見えた(苦) もちろん、コーチとして指導している自分自身の無力さや責任も感じていることは言うまでもない・・・。

 大会終了後、Jはアンさんに伝えた「このチームをフェスピックまでに大きく変えることは難しいけど、長い目で地道に基礎から指導して行きます」と。さらに、将来を考えてチームに悪い影響を与えている中心選手を切る提案も・・・。まあ、最終的には本当に選手を切ることは出来なかったけどね(苦笑) しかし、そのあと先輩からのアドバイスもあったことから、今は愛情を持ちつつも超真剣に、しかし選手を潰す勢いで指導している。最近では選手達にキツイ走り込みを今まで以上に与えているけど、特にペナルティを与える時は、Jも同じメニューをこなしている。そして、いつも彼らに言う。「コーチのミスはコーチの責任、選手のミスはコーチを含む全員の責任」と。彼らの視線に立ち、やって見せ、示していくことで、彼らの心を動かせたら・・と思う。

 10月からは、現在オートらリアで活動しているJの先輩、岩野さんがマレーシアに来て一緒に指導をしてくれることになった。そうしたら、岩野さんにヘッドコーチをお任せして、Jはアシスタントとしてコートの中で、より選手と近い場所から対話してこうと思う。また、現在パソコンで評価シートを作成しており、選手のプレーを多方面から分析&評価し、実際数字に表して見せていくつもり。ナショナルチームの選手だから、逃げ道は与えたくないし、言い訳もさせたくない! きっと選手達を奮い立たせて見せる! そう信じて、彼らと真剣勝負する!

<お知らせ>
 現在オーストラリアで活躍中の岩野さんが、TBS系?の「情熱大陸」というテレビに出演するそうです。 OAは9月24日と聞いていますので、是非皆さんにも観て欲しい。それから、JのためにDVDを撮ってくれる人も募集しています。お礼にマレーシアから絵葉書くらいは送りますよ!(笑)




posted by J's Page at 00:00| J's体験記