2004年08月17日

移籍への道(国内編)〜福岡Limitz誕生までの出来事

 昨年福岡へ転勤で越してきたJですが・・・・。 これまでに多くの方から「チームを移籍しないの?」とか「やっぱり福岡なら足立スティーラーズ入り?」などの質問を受けてきました。 その度にJは「これからも当分は風呂屋で行くよ!」と、答え続けてきたのです。  しかし、先月末に神戸で開催された「のじぎくカップ」を最後に、とうとう森本文化風呂商会を卒業して新生“福岡Limitz”を立ち上げ、移籍したのです。 そこで、今日は移籍への道(国内編)として、チームが誕生するまでの話しを書いてみたいと思います。

 新天地の福岡で生活を始めたJは、殆どの部分で満足した生活を送っていました。九州は人も環境も良い、物価も安い、食べ物も美味い、何より渋滞が無いのが最高!!(笑) ただ一つだけ誤算だったのは、バスケをする環境でした・・・・・。 当時の本心としては、「落ち着いたら足立に入部させてもらおうかなー」と思いつつ、とりあえず様子見でチーム練習にも参加させてもらいました。 しかし、足立のチーム練習は週に1回程度。しかも、初心者や健常者の素人さんが多く参加していたので、練習メニューも“同好会“的。 もちろん、それ自体が悪いと言うつもりはないんだけど、全国制覇や日本代表復帰を目指して頑張りたいJにとって、かなり物足りない練習だったのは確かでした。

 そこで少し慌てたJは、飯塚近辺の体育館やプール等のスポーツ施設を回っては、トレーニング環境の確保を始めたのです。 すると、Jが住む飯塚市内に“サンアビリティーズ飯塚”という体育館があることを知ったのです。早速、毎週空いていた金曜日の夜を全て押さえて個人練習日にしました。最初はJと足立の若手選手の3、4人で始めてのですが、そのうち噂?を聞きつけた選手達がポツポツと集まり始め、いつの間にか7、8人の選手が来るようになりました。 しかも、練習自体は走り込み中心のキツイ内容にも関わらず、みんな続けてきてくれたし、本当に充実した練習が出来るようになっていったのです。 何だかそういう流れって、凄く嬉しかった記憶があるかな。

 ただ・・・・・、足立に入部することは考えられなかったのです。理由は上にも書いたように、練習内容やチームの気質が合わないと思ったから。 それから、もう一つ大きかったのが“伝統“。 足立は創部30年以上の歴史を持つ伝統あるチーム(過去には全国制覇を何度もしている名門!)なんだけど、伝統のあるチームって良くも悪くもそれが根付いているように思うのです。 チームの方向性や練習内容、チーム内のルールや雰囲気に関しても、目に見えない伝統が存在している。 Jはそういう伝統を背負えないと思ったし、どうせ新天地で始めるなら、何色にも染まっていない場所からのスタートを望んだのです。  ※誤解が無いように書くんだけど、別に足立と言うチームを批判している訳ではなく、自分との考えや方や方向性が違ったのです。

 そんな折、山口県の徳山市周辺を活動拠点にしている、山口オーシャンズの練習に参加する機会がありました。 以前からこのチームや数人の選手については知っていたんだけど、とても好きなチームの一つでした。 このチームは選手が6人と少なく、専任のコーチがいないにも関わらず、みんなやる気があって厳しい練習メニューをこなしているのです。そして、何より前向きで一生懸命プレーしているチームの雰囲気が良かった。 で、色々考えた末に、Jは山口オーシャンズに入部したいと思うようになり、その気持ちをメンバーに伝えました。確か今年2月頃の話だったかな? チームのみんなが快く了承してくれたこともあり、5月の日本選手権終了後に山口へ移籍する予定にしたのです。

 しかし、実際に移籍を真剣に考え始めると、様々な問題が次から次へと起こってくるのです。まず、その頃から仕事が忙しくなり、毎週参加を予定していたチーム練習には殆ど顔を出せませんでした。これは、過去に風呂屋の練習へ参加することが出来ず、苦しんだJにとっては非常に大きな問題でした。また、身近な人に山口へ移籍する意向を伝えると、「どうして九州に住んでいるのに山口なのか?」という疑問を投げかけられ、 更には仮称“飯塚ジャイアンツ“として始めていたサンアビでの自主練習も、気付けば10人近い選手が出入りする状況になっており、身近でやる気のある選手達との決別にも疑問を感じ始めたのです。 うーーーー、頭が痛い・・・・。どうしようかなーーーと、悩む日々がしばらくの間続きました。

 そして、Jが出した答えは、「山口への移籍は断念し、バリバリ頑張れるチームを福岡で立ち上げる!」でした。で、山口のメンバーには事情を説明して断りを入れ、飯塚の練習に来てくれる若手選手を中心に、新チーム結成に向けて動き始めたのです。当初の構想では初心者2名を含む5人程度でチームを立ち上げ、2、3年後に全国大会へ出場できるチームを作る計画でした。 そんなある日、足立スティーラーズのノボル君から、「今後のことで話し合いたい」と言う打診を受けたのです。 彼は「出来ればJと一緒にバスケをしたい」と言ってくれたのです。 とても嬉しかったし、できればJ自身もやる気のあるノボル君のような選手ともバスケがしたいと思いました。 また、自分自身が転勤の身と言う事で、いつまで福岡にいれるか分からないのに新チームを結成するということに対して、若干の不安もあったことから、足立スティーラーズの選手とも融合できる道を探って行くことになったのです。

 まず、足立の選手&スタッフ全員と話し合いをする場を設定してもらいました。そして、Jは3つの希望を伝えたのです。
1足立スティーラーズには入部する気が無いので、完全なる新チームを立ち上げて、全員が新規に入部(移籍)する形にしたい
2今の実力は関係なく、やる気のある選手を広く受け入れて活動していきたい
3将来は全国制覇を目指せるような強いチームを作っていきたい(そのために厳しい練習をするチームになる!)

 今になって思うのだけど、希望の1はちょっと失礼だよね?(苦笑) だって、伝統ある足立を廃部に追い込んだとしても「新チームの結成!」を訴えたんだから。  話し合いの時も、重たい内容だったし正直言って簡単なものではなかった。でも、最初が肝心と言うか、自分の目指すものがある以上、しっかりその気持ちを伝えて双方の意思確認&相互理解がなければ、結局後になって問題になったり、上手くいかなくなるケースが多いから、その辺は逃げずにはっきりさせたのです。 

 最終終的には殆どの選手が、新チーム結成に賛成してくれたことには感謝です。また、 残念ながら諸事情によってほかのチームに移籍する選手も出たんだけど、しっかり話し合った上で目指す方向性が違ったのだから、それも仕方が無い結果だと受け止めています。 それから、“足立”の名前は、北九州を拠点に活動しているOBチームの「北九州リバイバー」が継承することになり、伝統のチームは「北九州足立リバイバー」として引き継がれることになったのです。 良かった!

 そうと決まれば!!  新チーム結成に向けての準備は加速していきました。 まず、チーム名は、「福岡Limitz」に決定。 これはチームに関わる全員が最低1つのチーム名を提案し、多数決を取りながら話し合って決めました。 

「Limit(限界)に挑み、それを超越する意思を込めた、‘Limitz’(造語)なのです。from A to Z 、徹頭徹尾、最後まで諦めない、そういう意味で‘z’を付けました。」(Limitzのホームページから引用)

本来Limit(限界)という意味は、チーム名として相応しくないのでしょうが、上記のような意味を込めて決まりました。なかなか良いのではないかと思います。実は最後までJは反対派?に回っていたのですが、今ではすっかり愛着心も沸いています。 ちなみにJは、“強い絆”(STRONG BONDS)という意味を込めて「S・T Bonds」を提案したんですが、選定途中で却下されてしまいました。残念 (笑)

 ちなみに、チームカラーは白と赤に決定。Jの強い要望により、当面は普通のユニホームを作らずにリバーシブルで対応。だって、お金をかけて立派なユニホームを作っても、年に何度も着ないんだからもったいないよ! それに、立派なユニホームは、それが似合うだけの実力がついてから作った方がカッコイイ! でしょう?  しかも、リバーシなら普段のチーム練習でも重宝するからね。また、リバーシを正式なユニホームに使っているチームなんてあまり聞かないから、逆に新しい発想かなーなんて思ったり(笑) 

 現在、正式な登録選手は8名、スタッフ10名。週4日のチーム練習をこなして、少しずつだけど確実に力を付けているチームです。若手も多く、すぐに全国トップレベルのチームまで引き上げるのは難しいかもしれないけど、今の気質を維持して練習や活動に励んでいけば、きっと全国制覇も夢ではないチームになると信じています。  また、これから新しい歴史と伝統を築いていくチームの、創立メンバーとして参加できたことを嬉しく思ってます。  

  過去にJは、常勝千葉ホークスで、常に厳しい練習を重ねていくチームの雰囲気(伝統)を経験。その後、入部した弱小森本文化風呂商会(当時)では、みんなで色んな壁を乗り越えながらステップアップしてくという貴重な経験ができた。そして、今回は全く新しいチームを立ち上げて挑戦するんだけど、今までの経験を活かして、最高のチームにしていきたいと思う。 本当に楽しみで仕方ない。「福岡に福岡Limitzあり!」と言われるチームにするよ!

 最後に・・・・・、Jが福岡に越してきたことで、九州の車椅子バスケ事情が改善されたりプラスになれば嬉しいなーって思う。新チームの結成もそうだけど、全国に通用するチーム作りや練習方法の紹介、若手選手の育成にも貢献したい。そして、もっともと九州を盛り上げていきたいし、車椅子バスケ自体を盛り上げていければなーって思う。 やります! やりますとも!! いや、やってやるさ!!

 福岡Limitz公式サイトです(まだ準備中みたいですが・・)
    URL http://fklimitz.fc2web.com/index.htm

 それでは、福岡Limitzをよろしく!!
posted by J's Page at 00:00| J's体験記

2004年08月07日

2004ルーズベルト観戦記 〜超刺激的な世界を堪能!

 それは、J得意の“思いつき”から始まった。

 「あーー、そろそろアメリカに戻りたい!」なんて思っていた5月の下旬。日本男子チームのルーズベルトカップ不参加が決まりました。そして、アテネの本戦までは海外遠征が無くなったこの瞬間、「ルーズを観戦しにアメリカへ行こう!」と決めたのです。 でも、やっぱり勇気はいったな。 一応、仕事上では支店長という肩書きを持っているし、日頃から大会等で留守がちなんで、長期休暇を取ることに対する負い目が無いと言えば嘘になる。 ただ、こういうことって自分自身で決めて進めない限り何も始まらないから。しかも、最近全く“チャレンジャー”をしていなかったので、ここは思い切って決断したのです。

福岡から関空、デトロイトを経由してアトランタ到着までに要した時間は約19時間!本当にキツかった。 大好きなアメリカに戻るためとは言え、エコノミーで身体を丸めて我慢するには長すぎる移動時間でした。でもねー、デトロイトに着いたときに思ったよ。「あー、この匂いだ! アメリカの匂いがする!!って。そして「とうとう戻ってきた!」って思いながら興奮状態だった(笑)

アトランタでレンターカーオフィスに行って思い出したこと。日本で事前に会場の住所を確認していなかったのです。以前アラバマに住んでいた時は、何度か自分の車でも行っているのですが、すでに忘れてしまって行き方が分からない。 ホント結構間抜けな話なんだけど、そんな大らか?な自分にも驚いてみたり(笑) とりあえず、バッグの中を探ってみたらJWBFの事務局から頂いた、スケジュール表を発見。そこの大会事務局の電話番号があったので、早速電話をして詳しい情報をGETしたのでした。 最近「俺って本当にA型なの?」と、思うことがある。年喰ってか?アメリカ留学を経験してか?? かなり大らか(ズボラ?)になった気がするよ(苦笑)

アトランタから車を走らせること1時間半、とりあえず会場近くのホテルにチェックインすると、アメリカ代表チームが宿泊していることを知らされました。この時、Jは1度目の驚きを目の当たりにしました。「うそーー、アメリカ代表はキッズの集団だ! これってジュニアの代表チームじゃん!?」と。 うわさ通りアメリカチームは大幅な選手の入れ替えをしていたのです。理由はどうであれ、アメリカは思い切った若手の起用を試みたのです。

まずここで全日程と結果を掲載

 2004 Roosevelt World Basketball Challenge
  Men’s Schedule
<予選リーグ>
July 7, 2004
08:00Germany vs. Great Britain70−75
10:30Australia vs. Turkey96−48
13:00USA vs. Great Britain61−78
15:30Canada vs. Turkey86−38
18:00Australia vs. Germany86−81 ダブルオーバータイム
20:30USA vs. Canada52−103
July 8, 2004
08:00Turkey vs. Great Britain52−83
10:30USA vs. Germany57−59
13:00Canada vs. Great Britain74−46
15:30USA vs. Turkey77−43
18:00Canada vs. Australia61−49
July 9, 2004
08:00Germany vs. Turkey71−47
10:30Australia vs. Great Britain64−48
13:00Canada vs. Germany79−54
15:30USA vs. Australia63−76
   
<決勝トーナメント>
18:00USA vs. Turkey84−48
20:30Germany vs. Great Britain75−70
July 10, 2004
08:00Canada vs. USA69−50
10:30Australia vs. Germany70−58
   
<決勝>
15:30Canada vs. Australia61−67
  1位 Australia
   2位 Canada
    3位 Germany
     4位 USA
      5位 Great Britain
       6位 Turkey


この中で印象的だった試合を幾つかあげると、まず初日のアメリカVSカナダ戦。スコアは52−103でカナダが圧勝しているのだけど、本当にアメリカの悪さとカナダの良さが対照的に現れている試合だった。今回のアメリカ代表選手は、パラ経験者がたった2人。また、国際経験のある選手で見ても全部で4人程度。そして、選手の多くは大学に在学中の若手ばかり。更に高さで言えば、確実にJより高い選手は一人もいないのです。試合はカナダの選手にすき放題やられ、遊ばれるような展開で全く相手になっていない状態でした。特に、高さで劣るセンター陣はゴール下でシュートを打つことが殆どできず、苦し紛れのミドルを打たされては逆速攻を奪われるという、最悪の展開が最後まで続きました。また、J同様今回で4度目のパラ出場を果たす、超一流シューターのトゥルーパー・ジョンソン選手はプレータイムを貰えずベンチを暖める始末。 また、トゥルーパーがコートに出ても、センター陣が弱いため彼に対してカナダは積極的にジャンプアップ。結局プレッシャーが厳しく、殆どシュートを打たせて貰えない。見ていても手の施しようがない展開でした。

そして、2度目の対戦となる決勝トーナメントでの同じカード。この試合は50−69と、スコア的にはアメリカチームも善戦した感じ? 基本的にはオールコートプレスを引いて、積極的に攻めのディフェンスを仕掛けてきた部分が初戦と違うところ。特にポイントゲッターのパトリック・アンダーソンやジョーイ・ジョンソンに対しては厳しいチェック。パットは何度も転ばされて痛々しい感すらあった。正直言って“厳しい“を通り越して、かなり汚いプレーも多かった。しかも、アメリカのコーチ陣は更に選手を煽るような声掛けをしていていたし、試合を見ていて気持ちの良いものではなかった。 少なくても2年前の北九州ゴールドカップで優賞した、あの強いアメリカの姿では無かったです。カナダのコーチであるマイク氏もベンチで首をかしげ、時折かなり険しい表情を見せていました。 ただ・・・・、アメリカの選手は一試合ごとに成長しているようにも感じられたのは確か。 特にスピードやスタミナに関してはトップクラスなので、彼らが経験を積んでくると怖い存在になることは間違いないと思う。

そして決勝戦 あの試合は凄かった!!

前半からオーストラリアはボールマンやパットに対して厳しいディフェンスを仕掛けていく。しかも、ゴール下のシュートはファールを犯してでも打たせないという徹底ぶり。しかし、その結果オージーのエース、トロイがファールトラブルに見舞われ、早々とベンチへ下がる羽目に・・・。 ここで2番手3番手のクラス4.5選手、ブラッドとジャスティンが素晴らしいプレーを連発! ジャスティンが早い動きからゴール下に滑り込んで得点を上げれば、ブラッドはミドルレンジからのシュートを高確率で決めてくる。ディフェンスもファールを恐れない激しいチェックでカナダの選手を苦しめました。第3ウォーター以降のカナダは、パット以外の選手がとても疲れている感じを受けた。後半はシュートミスも目立ったし、ディフェンスでもオージーのセンター陣を容易にペイント内へ入れさせる場面が目立った。 結局4クォーターでトロイが戻ったオージーは、カナダの反撃を振り切って優勝したのです。



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優勝したオーストラリアチームに敬意を表して(優勝直後の記念撮影より)




ただし、カナダを弁護したい部分として、ヘッドコーチのマイク氏が用事のため一足先に帰ってしまい、決勝戦では采配を揮えなかったことは大きなマイナス要因。また、王者カナダゆえ、予選から各国チームの厳しいディフェンスを強いられたカナダの選手は、怪我人も続出していたし、そうとうな疲労も出ていたはず。今回は負けたものの、実力的にはカナダの方が上であることに変わりないと思います。まあ、一つ言えることとして、あの決勝戦はどこを取ってみても「世界最高峰の戦いだった」と言うこと。

最後に、今回のルーズベルトカップを観戦できたことは、アテネパラを控えるJにとって、日々のトレーニングを休んで見に行ったけど価値のあるものだった。最高に刺激的だったし、こんな奴らとバスケが出来ると思うだけで、アテネの本戦が待ち遠しくて仕方ない。世界のバスケは見るたびにレベルアップしている。その代表的なスタイルがプレスディフェンス。国際ではロングシュートを含め、得点能力が非常に上がっているため、ゾーンディフェンスでは不十分。得点力のある選手には徹底したプレスをかけるディフェンスのスタイルは、まさに国際のレベルアップを象徴する現象だと思うのです。 今回も思い知らされた、「世界は猛スピードで成長と進化を遂げている!」という事実。日本にとっては厳しい現実なんだけど、目指すところのレベルが上がれば、日本のレベルも上がるチャンスだと思って、これからも学ぶ気持ちを忘れずに精進していこうと誓いました。


おまけ
お宝の画像を三つ。左はパトリック・アンダーソン選手の義足姿。かなり前にも紹介したことがあるんだけど、その時は長ズボンをはいておりました。今回は義足丸出しのパットをカメラに収めさせて貰いました。立っているパットも大きかった! そして、中央が本家?“WAL MART”の外観です。 時折Jが「独り言」に書いている、“TRIAL”という安売りのお店が、このWAL MARTをマネて作られたそうなのです。 やっぱり本家の方が大きくて品揃えも良かった! そして、右の画像は今回の旅行で唯一Jが写っているショット。 毎日同じ場所でビデオを撮影していたアメリカ人のおじさんが撮ってくれたもの。Jにとってはお宝画像なんだけど、ほかの人にとっては???だよねー!(笑)


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パット


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WAL MART


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J
posted by J's Page at 00:00| J's体験記